まっぱ晒されたまんまも可哀想なので。なのにフレンチスリーブ。薄ら寒そう。子どもは風の子なんだい。
犬との縮尺おかしい。こいつレトリバーだから子どもと並んだらこの1.5倍はなくちゃいかんよ。
目が死んでいる。視線がないっつうの?うむ。ぶっつけで何とかなったりはしないものだったのだなあ。自分のラクガキ晒すよりイタイや…。
もう一つイタイもの晒し。オリジナルの中途原稿。12月に入っても導入部が粗書きってどういうことだ?中盤で引っかかって10日近くも頭が真っ白だった。うっすら恐怖さえ感じている。
能代監物(のしろけんもつ)。あだ名はシロケン・カタブツ能代といくつかあって、好きに呼ばせている。祖父の名づけた時代劇くさい名前を笑う相手を伸していたのは中学校まで。身長191センチ、逆三角形に整った精悍な上背(本人はもっと下半身を強化したいと思っている)に、切れ長の一重瞼と真一文字に引き結んだ唇の仁王顔に育ってからは、ファーストインパクトだけで相手を制圧するのにも有効なこの名前に愛着がわいて来た。外見を裏切らず、身体を動かしているほうが頭も冴えてくるタイプの人間だが、身の回りがだらしないのは大嫌いでもある。
ゆえに机に向かっての書類処理も苦にはならない。しかし、他人の仕事の片づけまで回されるのは適わない。すでに能代の整理能力の高さは先輩刑事たちの塾知するところとなり、やけに重宝がられていて、少しでも手が空いたと知ると嬉々として書類を寄越してくる。
このまま椅子を暖め続ければ、あと1冊でも上乗せしたら倒壊しそうな戸坂班長の机からファイルがどどどどどと雪崩てくるであろう。
何か席を立つ口実はないものか。かと言ってありもしない案件で外出してサボるのも性分に合わない。頭の端でとっかかりを探り始めたころに携帯電話が鳴った。
「はい、能代」
画面に表示されたナンバーから相手は知れている。相手のナンバーも携帯電話で、自分が出ることは承知でかけてきている。それでも能代は有線の外線着信と同様に名乗る。
「千輪田です」
送話マイクが最も拾い易い高音域の可愛らしい声の相手もまた律儀に名乗った。
「どうした?チワワ」
「チワワじゃありません、千輪田ですっ」
電話口で叫ぶ、変声期前の子どもの声が鼓膜にキンキン響く。小型犬に吠え立てられたぐらいでは能代の度胸は微動だに揺れない。
「何センチになった?」
「…139センチです」
「この間から伸びてないな」
「いっときには伸びません」
「ならチワワだ。オレの背を越したらちゃんと呼んでやる」
ぷうとむくれたチワワの顔を想像して、能代はくく、と喉を鳴らした。
このやりとりまでが彼とのお決まりの挨拶になりつつある。チワワ―千輪田クレスは都内のおぼっちゃん学校に通う小学5年生の少年。能代のファーストインパクトに気圧されなかった数少ない一般人である。
「で?用は?」
「いたたたたっ」
「おい、怪我してるのか?」
クレスが急に悲鳴をあげたので、能代は電話を耳にぎゅっと押しつけ、注意深く耳を澄ました。さきほどから背後でタイヤの音が数回通り過ぎて行ったから、車通りの少ない道路近くにいるのだろう。
「爪で引っかかれて…」
女か?
と、オヤジ向きの軽口が出かかったが声にするのはやめる。本当に痴情のもつれだったらこっちがげんなりしてしまう。
「迷い猫を拾ったんです」
クレスの言葉に呼応するかのように、電話口でニィとかすかな鳴き声がした。
「それで飼い主を探して欲しくて…」
うぉい!
能代は腹の中で吠えた。
オレの携帯ナンバーはいつから「市民なんでも相談窓口」の代表番号になったんだ?
「いまどこにいる?」
「来てくれるんですね?」
「最寄の交番と保健所の場所。どっちを教えて欲しい?」
ぴょこぴょこ跳ねたチワワがぐっと息を詰まらせた気配があった。ムッとした声でクレスは言い募る。
「…そんなのはぼくの携帯のGPSからでもわかります」
「なら生活安全課に回すか?」
「ぼくは能代さんに探して欲しいからこの番号にかけたんです」
「うぉい!」
今度は本当に吠えてやった。すれたチンピラでも震えあがるほどの迫力を持つ咆哮だ。
「オレの職業は何か、言ってみろ」
「警視庁捜査一課の刑事さんです」
「わかってるじゃねえか。オレはド暇な私立探偵じゃない」
「はい。だから、能代さんにお願いしているんです」
「あのなあ…」
能代は渋面を作り、爪先で軽く机の脚を小突いた。クレスには自分の主張が通るまで何度でも話を戻そうとする妙に頑固な面がある。押し問答が面倒になって周りを見渡すと戸坂班長が倒壊寸前のファイルタワーの隙間からこっちに秋波を送ってきているのに気づいて目を逸らした。
前門のニワトリ、後門のチワワ、か。どっちもケンケンと…。
「そんなにその猫が心配なら、飼い主が見つかるまでお前が預かればいい。でかい家に住んでるんだろ?」
するとクレスは、能代の心の天秤を一気に傾けさせる、とんでもないことを言い出した。
「ぼくが心配しているのはこの猫の身の上じゃありません。飼い主のほうです」
「どういう意味だ?」
能代の声色が鋭くなる。定規を入れられたみたいにピシリと背筋を伸ばしていた。
「この猫の飼い主は現在危機的状況にあると思われます」
「先にそれを言えっ!」
「だって、先を言わせてくれなかったじゃないですか」
「確かなんだろうな?」
「はい。ぼくがそう思う根拠は電話では説明し切れませんが、この猫の飼い主は現在、自由に行動することのできない状態を強いられていると思います」
「いま、どこだ?」
能代はすでに立ちあがって、椅子の背にかけてあった背広を抜き取っていた。即断即行動が能代の信条だ。
「理由は会ってから聞いたほうが早いんだろ?」
「はい!」
チワワは張り切った声で現在地を説明した。走り書きの割に角のきちんと曲がった字のメモを背広のポケットにすべりこませ、電話を切った。
チワワの苗字は昨年の設定では「千輪宮」だったが、よりチワワに発音の近い名前にした。「千輪田」にするか「千輪那」にするか、まだ迷っている。名前だか苗字だかわかんないのは好みでない。能代監物も個性が出すぎているし。身長191センチは大きすぎるかねえ。
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