bookend
タケルの姿を見たのは10日ぶりだった。失踪したお兄さんを探しながら学校に通うタケルは、早退や欠席が多くて、退屈な授業に飽きて窓の外をふと見おろすと、ランドセルを背負ってひとり遠ざかっていく影が目にとまることが何度かあった。
ああいう噂ってどこから広まるんだろう?
--これまでに起こった現象の犯人はあいつの兄。悪いのはあの兄弟--
ヤサコもフミエも、黒客でさえ、あの事件に関わった人間はだれもそんなことをしゃべっていないのに、タケルの周りには遠巻きに白い目で見る輪ができあがっていた。天沢勇子が転校して、それまで天沢の悪口ばかり言っていた子どもたちが、同じ口で天沢をかわいそうがり、天沢にぶつけていた敵意をタケルに投げている。中にはほんとうに物を投げるヤツもいる。
それでもタケルの背中はいつもぴんとまっすぐで、だから余計にちいさな後姿が気になっていた。
その公園は、ちょっとした高台にあって夕陽が沈むのがよく見えるから、子どもたちの間では「夕陽公園」とあだ名がついていた。ぼく原川研一が「夕陽公園」を通りかかったとき、タケルはたったひとりで、ベンチのはじっこに腰掛けていた。そこはちょうどぼくがタケルのお兄さん--ソースケさん--と話したベンチだった。
ぼくは人に話しかけるのが苦手だ。きっと、タケルもぼくとは話したくないはずだ。けれども、夕焼けの中にぽつねんとしているタケルを置いていくことがどうしてもできなくて、ぼくはタケルが座っているベンチの反対側のはじっこに腰掛けた。
タケルはぼくに気づくと身体を横に向けた。ぼくもタケルから身体を背けて、背もたれに脇腹をくっつけて座っている。
「離れろよ」
顔が見えなくても、ぶすっとしているのがわかる声だった。
「これ以上離れたら座れない」
「ベンチなら他にも空いてるじゃないか」
「でもここも空いてた」
「帰る」
タケルは立ちあがってランドセルを背負いなおした。
「このベンチだったんだ。君のお兄さんと話したの」
「知ってる」
だから座ってたのか。
「ヤサコが心配してた。休み時間に行っても全然会えないって」
「会わないほうがいいから」
「なぜ?」
「みんなの輪から浮いたヤツにかまうと、かまった人間もハブられる。常識だろ」
「クラスちがうし…」
「お前のクラスにだって元・一小の人間はいるだろ?」
タケルはがたんとベンチに座りこんだ。振動がぼくのお尻にも伝わった。
「別に、平気だから。ひとりは慣れてる。よく…兄…ちゃんも…帰ってこないことが…あったし…」
「うん。ぼくもひとりでいるの、好きなんだ」
孤独〈ひとり〉は怖くない。
「ならお前もぼくにかまうな」
「うん…」
でも、孤立〈ひとりぼっち〉は辛い。
こうして話しているすこしの間にも夕陽は沈んでいく。ぼくたちが座っているベンチの影も薄く長く延びていく。
あ、この形…。
「ねえ、えーと…」
「タケルでいいよ。ヤサコたちと話すときはどうせそう呼んでるんだろ?」
「はは。じゃあタケル、ブックエンドのスペル、言える?」
「急にそんなこと聞いてなんなんだよ?b・o・o・k・e・n・d だ」
「あれ、逆だと思わない?」
「逆?endbookだったら本の終わりって意味になっちゃうじゃないか」
「ちがう。bとdが」
「bとd?それじゃあ単語にならないよ」
「だってついたてのbとdが向かい合ってたら本立てとして役に立たない。ずっと思ってたんだ。"dookenb"のほうが、本立てにふさわしい形じゃないかって」
「バッカで…」
タケルのランドセルがかちゃかちゃ鳴っている。背中合わせで見えないけど、たぶん、笑ってる。
夕陽は半分沈んでしまった。
ねえ、いまぼくたちの座っているベンチの影が、ちょうど"dookenb"の形になっているの、気づいてる?
「背中合わせのほうが中味がこぼれないから…」
「うん…ぼくもそのほうがいい」
タケルはまた立ちあがった。
「もう日が暮れるから帰る。学校では話しかけるなよ」
「なるべくそうする」
「研一も帰れ」
「うん。え?」
ケンイチ。友だちにそう呼ばれるの、カンナ以外では初めてだ。振り返ると、タケルは右手をひらひらさせて夕闇に消えていった。やっぱりその背中はまっすぐに伸びていた。
タケルの背中から、強さや思いやりや、大事なものがこぼれないように、ぼくの背中は君に真後ろに向けておこう。背中合わせのブックエンドのように。
--終--
[かいせつ]
柴門ふみ作の中篇漫画「ブックエンド」で、主人公の幼馴染みの病弱な女の子が「bookend」という英詩を黒板に落書きする場面がありました。詩文は覚えていないのですが、ベンチの端と端に腰かける2人をブックエンドに喩えた内容でした。
ほんとうは、bookendのbとdが向かい合うことでお互いを支え合うといった意味で使われていたはずで、bとdが逆になったほうが本立てっぽいというのは、筆者の穿ちすぎた考えです。
ですが、タケルとハラケンなら、正面から向き合うより、手をいっぱいに伸ばしても届かない距離で背中合わせでいる関係のほうがらしい感じがしました。宗助を間に挟んでも、ヤサコを間に挟んでも、素直に重なり合うことはなさそうな2人です。(2月1日追加)
最近のコメント